EX#03
- Four view, four mad -
FIRST VIEW:
休日の午後。雑踏の喧噪に沸く駅前で、その老婆は困窮していた。
都内の大学に通う孫に会いに四十年ぶりに上京してきたはいいが、どこまで行っても人人人。見渡す限り続く人の群れ。
まるで果てがないかのように思われる人いきれのなか、私はすっかり気が滅入っていた。
おまけに問題はこれだけではない。むしろもうひとつの方が問題だった。
旧国鉄に乗り継いで横浜にやって来る。そこまでは順調だった。
しかしその先。書いてもらったメモ書きではこの先はバスに乗るようにとの指示なのだが、バスターミナルへの行き方が分からないのだ。
いや、ターミナル自体は真正面にその存在が見えるのだが、まるで出島のように車道でこちら側から切り離され、対岸に渡るための歩道や陸橋も見当たらないため、どうやって向こう岸に渡ればいいのか見当もつかないのだった。
(……仕方ない。誰かに尋ねるかね)
私はちょうど目の前を通りかかった若者に声をかけてみた。
年の頃はちょうど孫と同じ位か。身なりのやたら派手な男である。
以前NHKの自然番組でこんな感じの猿を見かけた気がする。あれは確か南米の動物特集だったか。
呼び止められた男は、しばし私の顔をまじまじと見つめていたが、やがて大仰に肩をすくめてみせると、
「Oh……。情熱的なアプローチ光栄の至りマドモアゼル。
しかぁし! 残念ながら俺様ちゃんは貴女の愛に応えることはできない……。
ぶっちゃけた話、さすがの俺様ちゃんも五十代以上は恋・愛・対・象・外!! 悪く思わないでおくれセニョリータ。
嗚呼! 何故ボクラは五十年前に出逢えなかったのか! そうすればまた違った出会いもあったものを!
なんたる悲劇! なんたる運命の悪戯! そして俺様ちゃんは運命に翻弄される哀れな子羊。悲劇の主人公!
嗚呼。運命とはかように残酷なものなのか……。僕はこの身の宿命を呪う!」
――しまった。○○○○だ。
こういう手合いだけは相手にしてはいけない。
目の前の(検閲)は両手で肩を抱きすくめ、すっかり自分自身の言葉に陶酔している。あまつさえくねくねと身体を揺すっている。気持ち悪い。
気がつけばいつの間にか浮き小島のように私たちだけを残して、半径五メートルほどの周囲から人がいなくなっていた。
○○○○はなおも引きつけを起こしたかのようにガクガクと痙攣している。
やがてその動きが頂点に達したかと思うと、ピタリと動きを止め、ハアハアと息を荒らげながら虚脱する。
キラキラと輝く瞳がすごく満足そうだ。
その隙にその場から逃げ出した私は、数百メートルほど離れた場所でようやく足を止めると、おもむろに深いため息をついた。
あんな○○○○を放置しておくなんて……。
やはり都会はアレだ。
しかも事態はまったく好転していない。
私は暗澹たる気持ちのまま、周囲をぐるりと見渡した。
忙しない様子で通り過ぎていく人々。
年寄りがこうして困っているというのに、誰ひとりとして心配して声をかけようという者がいない。
「フン。薄情な連中だよまったく」
吐き捨てるようにして呟く。
そうしてまた黒山の人だかりを前にため息をついていると、不意に、くいくいっ、と袖を引く感触。
「おばあさん」
横合いからかけられた声に振り向くとそこには、中学生位の娘が笑顔で立っている。
くりくりとした鳶色の瞳。短く切りそろえられた栗色の髪。浮かべたあどけない表情。低めの身長。
見る人にどこか小動物めいた印象を与える可愛らしい娘だ。
チェック柄のスカートから白く細っこいが、健康そうな脚がにょっきりと伸びている様子は、まるで子鹿のようで。その膝小僧も、季節が季節であれば蝶が止まって翅を休めそうなほどに可愛らしい。
首から巻いている毛皮のマフラーも、そうした印象を強めるのに一役買っている。
「どうしましたか?」
虚心坦懐。少女は裏表のない陽気な笑顔で私に向かってそう尋ねる。
その笑顔に毒気を抜かれたのか、私は気がつくと娘に事情を洗いざらい話していた。
娘はしばらくふんふんと相づちを打ちながら話を聞いていたが、
「バスターミナルに行ければいいんですね」
笑顔でそう云うと、私の手を引いて歩き出す。
そういえば誰かに手を引いてもらいながら歩くのなど何年ぶりだろうか。
娘はこちらの歩く速度に合わせてゆっくりと歩いてくれる。
道中いくつか話を振ってみたが、まるで我がことのように興味深げに耳を傾け、反応を返してくれる。
(都会にもこんな娘がいるんだねぇ……)
すっかり感心しながら少女について歩くと、一度地下に降り、また再び階段を上がった先に広大なバスターミナルに辿り着いた。
娘は迷うことなくスイスイと目的の乗り場まで私を案内すると、
「着きました。ここから出るバスに乗ってください」
「ありがとねお嬢ちゃん。おかげで助かったよ」
「えへへ。困ってるときはお互い様ですからー」
礼を云う私に、娘はまったく裏表のない、にこやかな笑顔でそう答える。
田舎ですら何のてらいもなくそう云える人間がどれほどいるだろうか。
「ふむ――」
私はしばしそう考え込んだ後、娘に向かって口を開く。
「……ねえ、お嬢ちゃん。――ウチの孫の嫁に来ないかい?」
SECOND VIEW:
駅前交番勤務、薬丸巡査は退屈していた。
世はすべてこともなし。
大門軍団に憧れて警察に入ったのに、まだ一度も犯罪組織との銃撃戦はおろか、派手なカーチェイスすら経験したことがない。
おまけにスーパーZを乗りまわし、レミントンM31ライアット・ショットガンを所かまわずブッ放つような、そんな熱血上司の元で働けることを期待していたのに、配属された先の部長は渡哲也とは似ても似つかない人のよいおじさんであった。
ふと横を見ると、その部長がどこかを穏やかな目つきで見つめている。
「部長。何を見ているでありますか?」
少し興味を引かれて尋ねてみると、本官の質問に部長は穏やかな顔をしたまま、
「うん? ああ。ほら、あれ見てみろ」
そう云って顎をしゃくる。その先を視線で追うとそこには――。
年の頃なら十五、六だろうか。ティーンエイジャーと思しき少女が道行くおばあさんの手を引いて歩いている。どうやら道案内をしているようだ。
少女は白い広いタンクトップの上に、黒い先の短いカーディガンを着て、首にはシルバーフォックスファーのマフラーを巻いている。
下は赤いタータンチェックミニスカート。黒いミトン付きアームウォーマーをレッグウォーマーにして、一見スニーカー風の黒いショートブーツを履いている。
くしゅくしゅにしたウォーマーのせいで、短めのブーツが一見ロング丈風に見える。
今どきの格好をした可愛らしい娘だ。
一方おばあさんの方は――あれは結城紬だろうか。晩秋を思わせるような色合いの品のいい織絣の着物の上に羽織を引っかけている。
いかにも着なれているといった着物姿だ。
また、遠目のため気付くのが遅れたが、よく見ると日本人離れした顔つきをしている。どうやら異国の血が入っているらしい。
ふたりは何事か談笑しながらバスターミナルの方角へ向かって歩いていく。それはとても微笑ましい光景だった。
隣の部長がしみじみと述懐する。
「あんな娘を見ると、この国もまだまだ捨てたものじゃないって思うな」
「――同感であります」
部長の言葉に首肯する本官。
やがてふたりはバスターミナルに辿り着くと、乗り場の前で何かを話し込んでいる。
女の子はおばあさんに何を云われたのか、顔を真っ赤にしてひどく照れている様子だ。
ほどなくバスがやって来て、おばあさんは少女に見送られながらバスに乗り込み、少女は去っていくバスを手を振って見送った後、駅前に戻った。
今は映画のポスターが貼ってある壁の前で、壁に寄りかかるようにして少女は立っている。誰か人待ちのようだ。
果たして誰を待っているのであろうか。友人か。恋人か。
少女の表情やしぐさからそれを窺い知ることはできない。
「――む?」
気がつくと南米の猿のような派手な格好をした若い男が少女に声をかけている。どうやらナンパのようだ。
少女はやんわりと断ろうとしているようだが、男はまるで意に介した様子がない。
次第にじれたのか、男は無理矢理少女の手を引いてどこかに連れて行こうとする。
もちろんこの距離ではふたりが何を云い合っているのかは聞こえない。
しかし本官の耳にはふたりの会話がありありと聞こえてくる。(幻聴)
以下妄想。
「いやっ。やめてください!」
「フハハハハ。嫌がっていても体は正直(略)。おとなしくしていれば可愛がってやる」
「助けてぇ! 誰かぁ!」
「助けなどどこからも来はしない。さあ、おとなしくついてくるのだ。天国へ連れて行ってやるぜ」
「いやぁ! おまわりさーーん!!」
妄想終了。
「なんだアイツは……薬丸?」
腰のホルスターからニューナンブを抜いてチェックする。
38口径。3インチバレル。掌に収まるニューナンブM60のズシリとした鉄の感触。現在更新配備されているS&W・M37ではこうはいかない。
あらかじめ籠められている空砲を抜き去り、実弾を丁寧に一発ずつシリンダーに籠めていく。
装弾数は五発。
おお、これは喜ばしい。これなら五回はヤツを殺せるではないか。
「薬丸っ。よせ!やめるんだ!」
「部長! 止めないでください!
本官はっ。本官はヤツに! あの社会のゴミに正義の鉄槌を下してやるんです!
離せ! はーーなーーせーー!!
俺はヤツをジャッジメントしてやるんだーー!!」
THIRD VIEW:
伊集院辰馬は街中をひとりブラブラと歩いていた。
今日の俺様ちゃんは激しく男前。
道行くガー(GIRLの略)たちの熱い視線をビシバシ感じる。
真実の愛を求めて旅する俺様ちゃんはロマンサー。オゥ、ロマンサー。
新たな子猫ちゃん(死語)との出会いを求めて今日も行く。
それってきっと今の俺には必要なことだと思うから!
「というわけでhey! そこのガー(お嬢さんの意)」
俺様ちゃんは向かいから小走りで駆けてくる子猫ちゃんに早速声をかけた。
黒い薄いタンクトップの上に茶白のラビットファーブルゾンを着た、ちょっと大人びた感じの少女。
下はぴったりとした細身のブーツカットジーンズに金色のベルトを締め、踵の低い黒いエナメルのパンプスを履いている。
またアクセントとしてか、腕には対衝撃がウリのごついデジタル式の腕時計を巻いている。
「ハハーン。子猫ちゃんではなくウサギちゃんだったか。ソーリー」
「は?」
ウサギちゃんは突然の運命の出会いに驚き、戸惑っている様子だ。さもありなん。
俺様ちゃんはウサギちゃんを「どこか遊びに行かないか」と誘ったが、
「どいてください! ハルちゃんが待ってるんです!」
ガー(少女の意)は照れているのか、俺様ちゃんと目を合わせようとせず、駅の方角に向かって足早に立ち去っていく。
フフフ。恥ずかしがり屋さんめ……。
まあ、それというのもすべて俺様ちゃんの美貌が神懸かりなまでに罪作りなのが原因なわけだが。
その後駅前までブラブラとやって来た俺様ちゃん。
(さぁて俺様ちゃんのメガネにかなう子猫ちゃんはいるかな――?)
と、俺様アイで辺りを見渡すと、映画のポスターがいくつもベタベタと貼られている壁の前に、激プリティな子猫ちゃんを発見。
標的(ターゲット)ローックオーン。
早速その少女に声をかける。
「――おお! なんと美しい!」
横合いから急にかけられた声に、少女は「え?」と振り向く。
「キミの美しさはまさにミロヴィー!(ミロのヴィーナスのことだと思われる)
はじめてキャピュレットの娘に逢ったモンタギュー青年のように! ボクはひと目で恋に落ちてしまった!
嗚呼。今日この日貴女に出逢えたことを神に感謝しよう。エーホーバー!」
空に向かって全力で全能神に祈る俺様ちゃん。
「というわけで、ふたり手に手を取り合ってどこかに行かないか?
愛の逃避行さ。具体的にはそこのホテルとか」
少女は突然の展開にしばし目を白黒させていたが、やがてペコリと頭を下げると、
「えっと……。ごめんなさい。お友達と待ち合わせをしているんです」
かろうじて、といった様子でそれだけ口にする。
(……フフフ。焦らして俺様ちゃんの気を引こうというオペレーションだな? かわいいヤツめ)
「ノープロブレム! 何も心配要らない。安心して俺様ちゃんについてくるのだ。フォーローミー」
少女の手を引いて(ホテル街に向かい)歩き出す俺様ちゃん。
「え? え?」
「さあ、いざ『パライソ』(ホテル名)へ!!」
少女は状況についていけないのか、目を白黒とさせたまま、特に抵抗する様子もなく俺様ちゃんについてくる。
うむナイスだ。あとはこのまま超電磁合体を――。
「――あ。ナオちゃん」
不意に少女が声をあげる。
少女の視線の先を追うと、先ほどのシャイなウサギちゃんが肩をいからせ大股歩きでこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「Oh。先ほどのシャイなガーではないか。
やはり俺様ちゃんがさびしくなってもどっ……!!」
「――ぐぶべっ!?」
俺様ちゃんはシャイなガーの繰り出した、腰の乗った右ストレートにぶっ飛ばされ、きりもみ状態で宙を舞った。
§ § §
十分後、八メートル離れた場所で意識を取り戻した伊集院辰馬は、だくだくと血を流す鼻を押さえながら最寄りの交番に駆け込んだ。
「だからさっきそこで変なオンナに暴行されたんだ!
よりにもよってカオを殴るなんて……! オヤジにもぶたれたことないのに!
血がっ。俺様ちゃんの鼻から血がーーーー!!
……はっ!? (鼻)血に濡れた俺様ちゃんも美しい!?
傷だらけのローラ? 西城秀樹? 俺様ちゃん歌手デビュー!?」
また自分の世界に浸りきっている伊集院を尻目に、向かいに座る若い警官は黙々と調書をとっている。
「……あー。ところでずっと気になっていたのだが何故にユーは拳銃などをいじっているのかね? なんていうかこう『殺る気マンマン』みたいなカンジで。
あとそこに縛られて床に転がっているオヤジは何?」
問う伊集院の視線の先。交番の床には警官の制服を着た中年の男性が縛られ、猿ぐつわを噛まされて何事か呻いている。
だが若い警官はまるでその異常な光景を気にした様子がなく、調書をとる傍ら、手元の銃弾を念入りにチェックをし、それを拳銃のシリンダーにゆっくりと一発一発弾籠めしていく。
「フフフフフ。知りたいかね?」
若い警官は口元に笑みを浮かべ、むしろ朗らかとも云える様子で伊集院に声をかける。
やがて五つの弾倉すべてに弾丸が装填され――。
「――ジャーッジメーンターイム」
FOURTH VIEW:
雑賀和泉は郷里から上京してきた祖母と夕食を食べていた。
「――それでちょうど通りかかったその娘に助けてもらってね。
まったく今時めずらしい位心の優しい娘だよ。私の若い頃にそっくりだ」
食卓の話題は祖母が道中困っているところを助けてくれた少女についてだった。
俺はニシン漬けに箸を伸ばしながら「ふーん」と適当に相づちを打っておく。
「それで是非ともその娘をお前の嫁にと思ってな」
「つうか婆ちゃんそれ何人目よ」
∴ 原作者のぼやき ∵
横浜西口は今日も賑やか。
いつもボクラに笑いを提供してくれます。
本作は第3者の視点からハルを描いてみよう!というコンセプトだった気がしますが、
しかし○○○○しか書いた記憶がないというのはどういうことか。
なにやら致命的な欠陥を感じずにはいられません。
あと今回のスペシャルサンクス。
実家の姉君(20)。
女性キャラクターの服装を考える上でご助力を賜りました。
私の実家での立場は弱いです。
神櫛 庵 (from 黒姫)