episode:1.98
- The lady, whom only I know -
シルクのカーテンを引くと眩い朝の日差しが室内に差し込む。
「お嬢様、朝ですよ」
私は振り向きざまにベッドの上のお嬢様に声をかける。
13歳のときこのお屋敷に来てから4年。ずっとお嬢様づきのメイドとしてお仕えしてきた。
「おはようございますお嬢様。いい天気ですよ」
「――」
ペッドの上の塊がもぞもぞと動いたかと思うと言葉にならない呻き声をあげる。
おそらく眩しいとかもう少し寝かせてとかいった意味合いだと思われる。
「駄目ですよお嬢様。起きてください」
そう云って少しだけ乱暴に肩を揺する。
最低でもこれぐらいはしないと駄目だということは毎朝の経験則からすでに明らかだ。
うちのお嬢様はちょっと低血圧気味。
「うー…」
渋るお嬢様をベッドから引きずり降ろすと、鏡台の前に座らせてそのブロンドの髪を丁寧に丁寧に梳る。
最高級の絹糸のように細く、掴むとさらさらと指からこぼれ落ちる。
その金糸の髪の間から時おり覗く白いうなじ。純白の下着姿もお悩ましい。
身に着けたシルク製のシュミーズやドロワーズにも劣らず白く透き通った肌はまるで真珠。それをコルセットでタイトに締め上げる。
鏡に映るお嬢様のお顔も、眠そうに目を細めていらっしゃること以外は、まるでよくできたお人形のよう。
普段は気丈なお嬢様も、朝のこの時だけは年相応の弛んだ表情をお見せになる。私だけが知るお嬢様。
私の知る限り、お嬢様はいつも独りだった。
妾の子というだけで家中ではある種の腫れ物扱い。
他の先輩メイドたちも必要以上に近づこうとはしない。
はじめてお会いした時、お嬢様は11歳だった。
「今日からこの娘をお嬢様におつけします。年が近いから話し相手になるでしょう」
そう云って気難しい年配のメイド長は私をお嬢様に紹介した。
はじめて見たお嬢様はお人形さんのように白くて小さくてかわいくて。それでいて勝気で意地っ張り。いつも世の中の不条理なものを睨みつけているまっすぐな視線。
四人姉妹の末っ子で、ずっと妹が欲しかった私はいっぱつでお嬢様を気にいってしまった。
あれから4年。今年で15歳になられたお嬢様はつぼみが花開くように美しく成長し、社交界にも顔を出すようになった。
私は髪を梳く手はそのままに話しかける。
「お嬢様、昨晩の夜会はいかがでしたか?」
「別に…。いつも通りだわ」
「お嬢様なら殿方の引く手もあまたでしょうに」
「…うっとうしいだけ」
…ふむ。どうやら昨夜の夜会はあまりうまくいかなかったご様子。
どちらかというとお相手の貴族様に同情。あまりひどい目にあわされていないといいけれど。
薔薇には刺があるものなのです。…ご注意を。
髪を梳き終わった私は仕上げに藍色のリボンをキュッと結ぶ。
鏡を見やり最後の確認。――うん、上出来。
「はい、できました。…お嬢様?」
「ん…」
身支度が整ってもお嬢様はまだ眠いらしく、時おり頭がゆらゆらと揺れている。
「お茶でもお入れしましょうかお嬢様?」
「ん…。コーヒー」
「かしこまりました。…でもどうしたのですか今日に限って。いつもは紅茶ですのに」
「…夢の中に兄様が出てきたの。…兄様がお好きだったから」
だからコーヒー。と、まだ意識は半ば夢の中なのか、普段ならとても云わないようなかわいらしいことを云う。
「承知しました」
私は思わず頬が弛みそうになるのを懸命にこらえながら慇懃に一礼する。
ブラコンのお嬢様。かわいらしいお嬢様。
──ああ、そうそう。
飲み物の支度のためお部屋から辞そうと、ドアのノブに手をやったちょうどその時、私はひとつ用件を忘れていたことに思い当たった。
振り返り、エプロンドレスの前ポケットに手を入れると、中から1枚の封書を取り出す。
「そういえばお嬢様宛てにお手紙が届いていますよ。
──お兄様から」